2010年10月4日月曜日

世紀末オカルト学園

やりました。やり切りました。とにかくそういう後味が残る、数日経っても心が潤う感動的な作品。こういうのがあるなら、まだアニメ見続けてもいいか、と思う。
連続アニメって必ずサービス回というか、どうでも良さそうなエピソード回があって、だから映画のほうが作品としての完成度が高いと考えがちなんだけど、このアニメのラストには、この時間の積み重ねが必要。これは連続アニメでしか伝わらない。描ききれてないところ、主人公たちが自分の殻を破り、最終的に自分自身を再定義するに至るいきさつなんか、荒いとも思われるが、いいでしょう。伝わった。よね。

2010年9月19日日曜日

ふしぎの海のナディア

ガイナックスが一般的な認知と資金を獲得して
エヴァへなだれ込むきっかけになった作品、と、なんとなく理解していて
いつか見なければと思っていたので見た。ようやく。

音楽とかデザインとか、そのままのスタッフなのね。たぶん。
エヴァ、グレンラガンと、確かにその後のガイナックス作品に出てくる要素が多い。

で、そうなんだけど、話題になる割には「名作」とは言われない理由もわかった。

ナディアに、肝心のヒロインに魅力がない。徹底して無い。
あと、ヒーローであるジャン、ヒロインであるナディアがほとんど何の活躍もしない。
ただわめいて、死ぬだけ。

これをリアリティといいたいのだろうか。庵野さんは。
この人は、エヴァも「彼氏彼女」なんかもそうだけど、
少女漫画が好きだとか言って、少女の気持ちわかります風に、少女の葛藤描くのね。
でもどうなのよ。実際は。
男が少女漫画通してデバガメして、それでわかった気になるほど
女の子は弱くもないし。「内実は弱いのよ。わかってよ。」なんて男経由ですり寄られても困る。
そりゃ、男も女もダメだけど、だけどそんなにダメじゃないってところで生きてるんじゃないの?
そっちがむしろリアリティってもんじゃないの?

ダメな少年がダメさ全開のまま変な才能開花させちゃって
恋人とか殺しながら戦争やっちゃいましたっていうのがガンダムではあるんだろうから、
それじゃ、ダメなヒロインがダメなまま結果的には地球を救う傍観者となりました
という物語があってもいいじゃないの。ということなのかしら。

それなら、いまさらそんなもの見せられても、とも思うし、
そういうことなら、せめてガンダムなみの疾走感あってもよかったじゃない。とも思う。
第一話のナディアの走りっぷりは、よかったのだから。

2010年秋アニメチェックリスト

アイアンマン?
薄桜鬼(1期2話で挫折。どうする?)
神のみぞ知る
それでも町は廻っている(シャフト)
おとめ妖怪ざくろ(妻マスト)
えむえむ(妻が気になるらしい)
俺の妹がこんなに可愛いわけがない
とある魔術の禁書目録

2010年8月28日土曜日

カラフル

これは妻の要望で見た。見終わった感想。「すみませんでした」。
そんな映画。中身は、予告編以上の内容は無いので
(以下の内容は多いが)、触れるまでもない。

アニメを見始めたきっかけは確かTV版の攻殻機動隊で、
その後カウボーイビバップ、サムライチャンプルーと、
「あれ、日本人っていつの間に大人になったの?」という興味から。

それからずいぶんとたくさんアニメを見続けているけれど、
アニメ映画がいつの間にかやたらと中途半端に子供向けになっているようだ。

「東京ゴットファーザーズ」「パプリカ」の今敏監督も死んだ。
もうちょっと真面目に考えたほうがいい気がする。

2010年8月23日月曜日

デュラララ

ブレインズベース。オープニングが「バッカーノ!」じゃないか!
と思ったら、同じ原作者でした。
同じ群像劇。同じように答えのない結末。
若干、場所を限定したのと、登場人物の年齢層を下げたのとで、
話が内向したけど。

でもやっぱり目くるめくドキドキ感はさすがとしか言いようがない。
どうしてこんなに外れがないのか、
不思議でならない。

ハナマル。

化物語

時間が経ってしまったので、熱が冷めてしまった。
作り手もそうなのだろうか。
最終二話は、映像のクオリティこそ高いものの、
内容にアツイものが見られなかった。

そして、この監督はやはり、物語の終わり方に問題があるように思う。
急に甘くなるというか。。。

セリフは原作に忠実だとも聞くが、これはどうなのだろうか。

最後の部分だけ原作と違うのだとすると、本当にがっかりだ。
原作に忠実なのだとすると、西尾維新にがっかりだ。

2010年8月7日土曜日

宇宙ショーへようこそ

妻の言。「苦痛だった。前に苦痛だった映画は、後に残ったけど(ナイスの森のこと)、これは何も残らない。全部が中途半端。いっそ子供向けにすればよかったのに。あんな薄っぺらい説教するくらいなら。アンパンマン見たほうがましだったんじゃないの?」
見る前から、たぶん、ダメだろうなという感触はあった。上映が始まってからの評判がほとんど入って来ない。良質であれば拡大される上映枠も拡大されない。そのくせ、そんなに短期間で上映終了とする映画館もない。
まあ、ダメだろうなと思って、それでもかみちゅの監督である以上、ダメだったのか、という事実を映画館で確認しなければ後悔するような気がした。
だから、見たこと自体に後悔は無い。だけど、どうだったら、成功できたのだろうか、とも思う。制作がブレインズベースではなかったところから、気になる。最近「デュラララ」を見ているが、やはりブレインズベースの仕事はすごい。

インセプション

現実とは何か。主観ではなく自分の存在以前に世界は存在するのか。存在する、と信じることで、かろうじて保てるものが正気と言われる現実感覚ではあるけれども、その寄る辺ない私の現実を繋ぐ物は、私だけが私の外に確実に存在してることを知っている私が身につけているある物質だけだ(それを他人に知られてはならない。)。。。この余りにも脆弱で、絶望にも似た認識。結局確実に存在する客体など、私には認識不可能なのだ、結局はグルグルと私に戻ってこざるを得ないのだ。という認識から、この物語は始まっている。
個々のモチーフは少女漫画のダークグリーンに似ている。(夢から共有する別世界へ移行するところや、夢と現実の境界があいまいなところ、「死ねば目覚める」というルールなど。)が、根底に流れる思想が異なる。あっちは素朴なエコだからね。にしても、少女漫画らしい内容ではある。知っていて作ったのだろうか。
派手なアクションと映像、技術のオンパレードで、僕は少し疲れた。必要なのだろうかと。しかし妻は大変楽しんだようなので、あれはあれで正解なのだろう。
ディカプリオが三浦友和に似た親父顔になってたのが発見だった。久しぶりに合格映画。

2010年7月25日日曜日

ソルティレイ

ゴンゾ。ゴンゾといえばCGという自負か、不要なCGが多い。妙なメカも。そのために後半の絵の品質が落ちたのだとしたら、本末転倒。あまりに質が悪いので、最後のインテグラは脳障害なんだなと気づくのに3日かかった。
内容は、、、またもやセカイ系なんだろうけど、出色なのはおそらくロイというおっさんの描き方だったかな。徹底してダメおやじ。何が出来るというわけでもなく、オロオロとして、頑張るんだけど肝心なところに辿りつかない。これを、「すてきなパパ」として扱い切ったのが出色。もう少し、ダメだけどいいよ。というところを描いても良かったのかな。あれじゃとにかくダメおやじ。
ソルティは、まほろさんから受け継いだ横耳をピコピコ動かしていて、可愛らしかった。

2010年7月18日日曜日

四畳半神話大系

この監督の絵柄には、変に欝なところがあって、演出とか色合いとか、非常に気になるし評価もしているのだけれど、ただ、暗いという点が残念。ケモノヅメとか、カイバとか。この暗さには、連続して作品に触れるのを拒否するオーラが漂っているので、四畳半神話大系も、観終わるのがずいぶんと遅くなった。ちなみにカイバは途中で断念したままとなっている。絵柄は松本大洋なんかと近いのに、この突き抜け感のなさ具合はどこから来るのだろうか。
で、四畳半神話大系はどうかというと、これはかなり良い。やりきった。この監督がやりきれなかったということは無いようにも思うけど、こいつはとくにやりきったという感触がある。最後の、エンディングから始まってオープニングで終わるといった部分や、「オヅ」の描き方など。素晴らしかったんじゃないかな。
それにしても、昨年のハルヒといい、こういった「終わらない日常の終わり」を描くアニメーションが多いのは、どうしたことだろうか。

ストライクウィッチーズ

ネコミミに戦闘機に戦争、魔法、かわいい女の子。あと、パンチラ(?)スクール水着、入浴シーン。
女の子同士の友情、というよりも劣情?睦み合い?も有り。
このアニメーションを構成する要素をこうして並べて見ると、こうやって並べてから作ったのではないかと思われるほどのごった煮。よくもまあ作ったもんだと、ソッチの方に感心する。
中身は、割と全編を通してひとつの物語になるような作りになっていて、それとなく周到な感じに意外感がある。多分、一気に見てしまったのはそのせいだろうと思う。結果として面白かったかと言われれば、微妙としか言いようがない。どちらかというと、とにかく散りばめられたお楽しみ要素を、周到に用意された物語の上に乗せて、効率よく消費しました、という印象が強く、結果としては無駄な時間ではあったのだろうが、後味の悪さは無い。そのあたりが「咲」なんかとは違う。現在放映中の続編も、おそらく見るのだろうなと、思ったりする。

2010年7月3日土曜日

マクロス・フロンティア

マクロスとは、「歌」、「恋愛(三角関係)」、「戦争(可変戦闘機)」の3つの要素を描くものだ。という定義があるらしく、これはほとんど馬鹿げているというか、いっそ清々しいような割り切りだと思う。
実はマクロスってこれまでまともに見たことがなく、小学生の時に「愛おぼえていますか」が話題になったとき、なんとなくいやらしい感じに距離感を覚えて、「ミンメイっていじめられっ子なんだ」とか、「脱がされてる」とか、そんな印象と共に、シナリオをチラ見した記憶しか無い。その後、ちょっととしたタイミングでマクロス7が流れているのを見て、変なファッションの男が戦闘機の中で暑苦しくギターを弾いているという映像に、正直引いた。
で、そんな中で妙にブレイクしてしまったフロンティアが気になってみてみたんだけど、意外なことに面白かった。先にアクエリオンを見ていたということもあり、この監督の空気感に馴染みやすかったということはあったのだと思う。そして、マクロスには三つの要素があって、エンターテイメントってのは、これで十分!!というものすごい割り切りがあるんだと気づいてからは、いっそう見やすくなった。
「キラッ」とか。「抱きしめて!銀河の果てまで!」とか。もう、すごいのね。
この大御所監督が、エヴァンゲリオンの呪縛にもまったく我関せずで、ひたすら「楽しいSFアクションアニメーション」を提供し続けられたのも、なんというか、今だに若者にブームを巻き起こしてみせるパワーがあるのも、きっとこの割り切りなんだろう。これはこれで、すごい人だと思った。

荒川アンダーザブリッジ

相変わらずのシャフト×新房昭之。手法がマンネリ化してきている気がするのだが、働きすぎではないだろうか。じっくり仕事をさせてやれよ、と思わなくもないが、この手の人はそもそもじっくり仕事が出来ないタイプである可能性もある。のりに乗ってるからな。しばらくはこのまま走るのでしょう。
CQDを最低限の管理コストでコントロールし切る革新的な(手抜き)手法の導入、そしてその手法が表現として確かに現在を感じさせるということ、その現在性が、スタッフのモチベーションにつながり、さらなる革新(悪ふざけ)と新しい品質を生んでいる。。。
この人の仕事の特徴を簡潔に表すと、こんなところか。多分、ひょうきん族なんかもおんなじ流れなんでしょうな。ワッとブレイクするマネージャー(ディレクター)は、おそらく共通してこんなイノベーションを引き起こしているんだ。庵野秀明もしかり。もちろん、リーダーであるからには、革新的であるだけではなく、その革新性をチームのモチベーションに変換するプレゼン能力があるのだろうけど。
システム業界では、なにになるんだろうか。アジャイルを前提とした開発に、かつてはそんな気配を感じたのだが。。。ああ、そうか。テレビの連載ものってのがそもそもイテレーション前提だから、こういう手法が合うし、似通ってくるのか。すると…大規模基幹システムをハンドルするってのは、数字が取れる大作映画を作るのに近いのか?こっちはウォーターフォールか。やっぱりそうなるよね。
そうそう、ニノサンとマリアが素敵でした。

さらい屋五葉

マングローブです。オノ・ナツメです。音楽は、リストランテパラディーゾの時と同じ人なのかな。全般に、音楽との親和性が低い作りだった部分を除けば、かなり頑張ったように思う。オノ・ナツメのタッチって、ひどくあっさりしていて昔のマンガというか、風刺画風というか、そんなところがある。その割には妙な色気もあるという、そのバランスが絶妙。全体の作りも慎重にべたつかないように考えられているようだね。どの辺まで、その原作の力に助けられたのかはわからないけど、少しだけ原作を読んだ感想では、いくらか湿っぽさと分かりやすさを出すために、話を組み替えているよう。これは好みだろうな。でもまあ、頑張りました。

2010年6月19日土曜日

軽井沢 ポール・スミザーレクチャー

少し前の話。5月30日に、軽井沢絵本の森美術館で、ポール・スミザーのスライドレクチャーを受講した。初めての動いているスミザーを見たが、英国人とは思えない気さくな調子に驚き。イギリスではモテないのだろうか、などと余計なことを考えた。講習はとにかく情熱に溢れていて、美術館の敷地全体、はては軽井沢全体の自然環境改善と植栽について語っていたり(絶対に受注出来ていないよね?美術館館長に対するプレゼン?報道陣へのアピール?)、サイン会に至っては、全員に対して異なる絵を描きまくって一向に行列が進まないという「やりすぎ」感満載の好人物。「もうあと30分後に次の講演会始まるはずだけど、もう少しサイン(というより描きたいだけ描いているイラスト?落書き?)手を抜いて、お昼ごはん食べたら?」とか、またもや余計なことを考えたくなるような人。こういう人にお金を回してあげたいと、つくづく思う。彼にお金を回すと、地元の良質な職人たちが確実に潤う。この人が言っていることって、かつては日本のどこにでもあった里山の自然や雑木林を保存して育てていく、日本では失われつつあるノウハウの数々なんだよなあ、などと思ったりする。以下は、講演内容のメモ。

■庭造りの一般的な話題

  • 道は広く設計する。道の両方から植物が広がってくるため。狭い道は使用されない。
  • 花壇に植えるときには、鉢の3倍の深さをほるように指導している。深い位置に硬い地盤があり、根が広がらないことがあるため。3倍と言っておくとだいたい適切な状態になる。
  • 植えつける時に化成肥料を与えるのは無駄。バーク堆肥、腐葉土で十分。ギボウシ、シダ類はバーク堆肥が良い。バクテリアを多く含み、スポンジ状になる。
  • 植える間隔。成長するので、間隔は大きくとった方が良い。ただし、グランドカバーについては混み合っていても良い。その場合は15センチから20センチ間隔で良い。
  • 庭に植える植物の植栽を設計するときの考え方。
    1. どこに植えても良い植物を中心の植物とする。これをまずは決めて、適当に配置する。
    2. 庭の場所、特性(水分、日当たりの状態)に左右される植物を配置する。このとき、1)で決めた植物とは葉の形が違うものを選択すると良い。
    3. 実際に植えるときには、複数人数で適当に植えるのが良い。そうすると自然な感じに仕上る。
  • 地元の物を使う
    1. 植物にしろ庭を構成するものにしろ、その土地にあったものを使うのが良い。できればその土地の物を使うのが良い。
    2. この軽井沢絵本の森美術館に関しては、石垣に浅間石を使った。浅間石は黒く、湿気が多い軽井沢でよく育つ植物たちの緑を美しく見せる。
    3. 浅間石を使った石垣には、地元の職人を使った。石垣をコンクリートで固めておいて、水はけを確保するためにパイプを通している石垣をよく見かけるが、このパイプによって排水性が確保されている例を見たことが無い。職人が作る石垣は、ほとんどコンクリートを使わない。大きな石の隙間に小さな石を埋込み、本当に必要な一部分にだけコンクリートを流し込む。これで十分な強度が確保出来、石垣の隙間から水と空気が流れていく。
      このような石垣では、石垣の隙間に植栽するといった、発想の幅を広げていくことも出来る。

■多年草について

  • 多年草の植え付け
    秋に植栽した方が良い。春に植えると未だ土が冷たい。耐寒性が無い植物の場合は春に植える。
  • 多年草購入時のポイント
    秋植えの場合は安く購入出来る可能性が高いのがポイント。花が咲いている物については、どのような状態で花を付けているかを観察する。脇から新芽を出していればOK。さもなければ、株が弱っていて咲いている可能性がある。
  • 多年草植栽のポイント
    春に咲く植物は奥に配置する。夏、秋に咲く植物は手前に置く。春は、夏秋の植物が未だ大きくなっていないため。
    背丈が低い順に手前から植えていくと退屈になる。背丈が大きいが手前に植えても邪魔にならない植物を持ってくると、変化が出る。例)オミナエシ、オトコエシ(オトコエシは横に広がる。)
  • 多年草株分けについて
    バケツに水を張って、水の中で株を分けると、驚くほど多くの株に分割ができる。ヤリ過ぎに注意。
  • おすすめの植物
    スノーフレーク 球根、水が好き
    ノガリヤス 紅葉する。イネ科。
    原種系バラ ハマナス、サンショウバラ

■木と森について

  • 大木を買う場合のポイント
    良い植木屋は、2年毎を目安に植える位置を移動させている。頻繁に根を切るので、細かい根が多く出てきて、丈夫になる。太い根は木を固定するためのものであり、植物の成長にあまり役に立たない。根鉢が固いものは細かい根が沢山出ている。裏がダブダブだったり変形していたりする根鉢はダメ。
  • 健康な森と偽アカシヤについて
    偽アカシヤが多く生えているのを見かける。本来偽アカシヤは災害などで森が失われた時や、森が拡大するときに真っ先に生える植物。真っ先に生えて枝を張り、日陰を作って他の植物が追いついてくるのを待つ。健康な自然の状態だと、他の木が生えてきて、偽アカシヤより大きくなり、偽アカシヤはある程度までで自然と成長を抑制する。本来は大きくなるはずが無い植物。その偽アカシヤが大きく育っているのをよく見かける。偽アカシヤはその性格上、早く移動する前提となっているため、あまり深く根を張らない。大きくなっても貧弱な根しか持たないため、ちょっとした自然の影響ですぐに倒れてしまう。偽アカシヤが大きくなっているのは非常に危険な状態。
    例えば川べりに偽アカシヤが多く生えているといった場合、対応には注意が必要。そのまま取り除くと、偽アカシヤのおかげで保持出来ていた土が根こそぎ川に持っていかれる可能性がある。かといってそのまま放置しておくと、倒木の危険がある。こういった場合には、コナラとモミジを使うと良い。コナラは深く根を伸ばすので楔の役目を果たす。モミジは広く根を広げるので、土を保持する力が強い。初めは少し多めに植える。育ち具合を見ながら、育ちの悪い木は抜いたり場所を移したりする。そうして土が固まってくる頃には、自然と偽アカシヤが小さくなっていたり、人工的に引きぬいても大丈夫な状態になっている。